星の数ほど

語彙力のないオタクの備忘録

なぜ推しのカノバレにモヤるのか

 

 

 

こんにちは、漆島です。推し事系記事の時には名乗ることにしてみました。よろしくお願いします。

ちょっと前にブログのデザインを一新しました!飽き性なのと、ごちゃごちゃしてて見づらいなと思ったので、思い切って全部変えました。 これからはシンプルに行きたい。

 

 

さて、今回はカノバレにモヤる心の内について。対象を若手俳優の推しに限定し、モヤるポイントを3つ挙げ、思ったことを書いていきます。

変な理屈をこねくり回してるところもあるので、読みづらかったらすみません。あとめっちゃ個人の見解なので!みんなこうってわけじゃないと思います!

  

 

 

 

 

 

 

 

 

モヤるポイント1. 匂わせ→カノバレへの嫌悪感

 

匂わせからのカノバレ、ある意味テンプレともいえる流れ。私が見た限りでは、匂わせをファンが見つける→カノバレにつながるというパターンが多い気がする。別にいいよ、って人は見たことがないし、みんな嫌いだと思います。私もいい印象はない。

 

匂わせ→カノバレの嫌な点、箇条書きにしてみると

①ほぼ100%炎上する(ボヤで終わるかもしれないけど、確実に火が出る)

②ファンが離れていく可能性が高いので、仕事にも影響する

③上記リスクを考えずに匂わせる彼女が嫌だ(優越感?自慢?マウント?イライラ)

④匂わせるような彼女を選んだ推しが嫌だ(リスクマネジメント能力が低い!)

こんな感じかと。

 

①と②は、ほぼつながってくる。カノバレ炎上は完全に印象最悪、さらにファンが降りる=集客できなくなるから、炎上してしまった俳優はあまり人気作には出られなくなってるイメージがある。事務所が守ってくれたりする場合もあるんだろうけど、それでもマイナスイメージの払拭は難しい。カノバレした俳優だ、という目は結構つきまとうものです。カノバレ炎上=終わりではないけど、活躍するのに厳しい点がたくさん出てくることは否めない。

 

個人的には特に③の部分、「彼女が自己顕示欲や自慢のために匂わせて、後先考えずにやってんだろうなと感じられるのが嫌だ」という人が多いのではないかと思う。俳優である彼氏のことを思いやる様子が見えてこない不誠実な雰囲気と、「少しくらいならバレないだろう」「バレてもまぁ......(鼻高々)」という脇の甘さや危機感のなさも感じられてしまう。ファンは推しに長く俳優やっててほしいと思うからこそ、こういう無神経な彼女にはむかつくものです。

 

④推しにはいい人見つけて幸せになってほしいけど、匂わせてカノバレ引き起こすような彼女は作ってほしくない、というのも切実な思いです。しかし匂わせるような彼女かどうか、見極めるのもなかなか難しい気がする。最初はおとなしくしていても、付き合ってるうちにだんだんマウント欲が湧き上がってくる可能性だってある。それをどう抑え込むかは彼女の理性(品性)と危機感の問題だし、推しと彼女の信頼関係の問題でもあると思います。匂わせからのカノバレは、推しからしれみればほぼ裏切りにも近いような行為になると思うので、慎んでほしいものです。

 

 

 

モヤるポイント2. 偶像から実像へ

 

推しは宗教。推しは神様。推しは天使。舞台の上やテレビの中という、手の届かない場所にいる『推し』という存在は、どうしても偶像として、非現実的なもののように捉えがちになる。SNSを通してほんの少しだけ見える、プライベートや仕事のオフショットから、さらにその偶像を膨らませていくこともあると思います。

 

しかしカノバレでは「推しが一人の男性として、大切な人とお付き合いしている」という、ごくプライベートな情報が、予想もしないタイミングで流れてくる。ノーガードで盛大にくらうアッパーやボディブロー、なかなかにきついものがある。

彼女の存在・付き合っているという現実を目の当たりにすることによって、偶像だったはずの推しが、妙なリアリティを持ちはじめる。わずかな情報から描いていた偶像が崩れ、目の前でごまかしようのない実像が結ばれてしまう。決して覗くことのできないプライベート、舞台裏を知ってしまった戸惑いや失望。推しの偶像が大きい人ほど、推しも現実に生きる人間なのだと分かってしまった時のショックが大きいのではないだろうか。

さらにカノバレすると、彼女の顔(容姿)や年齢や職業まで、ある程度のことが曝される場合が多い。これもモヤモヤに拍車をかけるのではないだろうか。推しだけではなく彼女まで、現実の人として突然目の前に現れる。推しの女性の好みが分かってしまうのはファンとして辛い部分もある。カノバレの後はどうしても推しの周りに彼女の影がちらついたり、二人で仲睦まじく過ごしているところまで浮かんでくることもあると思います。見たくもない裏側が透けて見えるような気がして、モヤっとする人もいるのでは。

 

 

 

モヤるポイント3. みんなへの愛から、ひとりへの愛へ

 

愛といってしまうと、ちょっとガチ恋やりあこ気味な話になりますが。  

推しが、恋愛感情抜きにして、応援してくれる人たち=ファンという集団を好きだと思う気持ち。これは個を認識せず、みな平等に愛している状態ともいえるので『博愛』だと思う。愛情って好きとか愛してるとか言うだけではないし、twitterやブログなどで発信される感謝の言葉などを受け取ることで、推しがファンのほうを見てくれている、と感じることもできるはず。

個を認識しない?認知は?というと、それは「ファンとしての認知」=博愛と変わらない、と言っていいと思う。いつも応援してくれているファンの顔を覚えたいという推しなりの愛情表現......かなと。私は推しではないのでその感情は分かりませんけど、そういう感じだと思っています。認知から恋愛に発展する可能性もなくはないし、私信がどうとかもありますけど、それを言い始めると話がそれるので、今回は割愛します。

  

一方で、付き合っている彼女を好きだと思う『愛情』は、彼女一人にしか向けられないもの。そりゃそうですよね。いっぱいいたら逆に困る。さっきの偶像・実像の話ともつながってきますが、彼女がいることによって影がちらつく、プライベートを想像してしまうことも増えると思います。いつもはファンに向けている笑顔も、オフの時には彼女に向けているのだろう、きっと推しはファンが見れないような一面も彼女に見せているのだろうという想像も膨らんでいく。

 

つまり、カノバレにより彼女の存在が明らかになると、『博愛』が『愛情』にすり替わってしまう、推しがファンのほうを見てくれなくなるのではないかという不安が生まれるから、モヤっとするのではないか、というのが私の考えです。

恋人がいるから仕事がおろそかになったり、ファンを蔑ろにするような推しではないと思うけど、ファンからすれば「推しが遠くに行ってしまう気がする」など、それまで享受してきた愛(に似たもの)をもう受け取れなくなってしまう!と考えてもおかしくない。みんなの推しでいてほしかったのに、彼女だけの推しになってしまうかもしれないと考えたら、応援する気持ちがなくなってしまうのも分かる。今までと同じように推しのことを見れない、というのも頷けます。

( 感情の話になると、書いてる自分でもよく分からないなと思うことが多いので、この章はあまり自信がない。ふんわり理解していただけたらと。)

 

 

おわりに もし推しがカノバレしたら私はモヤるのか

 

というわけで、推しのカノバレにモヤる心理のお話でした。本当にあくまで個人の見解なので、全然違うわ!とか〇〇の場合は?など意見もあるかと思いますが、分かる......と頷いていただけると嬉しいです。

ちなみに個人的に推しのカノバレは、年齢的なこともあるし、まぁ受け入れられるかなと思ってる。実際にそうなってみないと分からないけど......。匂わせはやっぱり最悪で、いきなり結婚報告とかが来たらびっくりするけど、よく隠せたね!?と感心しそうな気はする。

ただひとつ、相手の顔は見たくない。彼女は偶像でいてほしい。完全にわがままなんですけどね!推しはプライベートなことそんなに言わない印象なので、杞憂というか、勝手な心配に終わるといいのですが。

 

 

カノバレでよくみる「プロ意識がない!」という話も書きたかったんですが、考えていくうちに「俳優の仕事とは......?」となったので、別記事になるかもしれません。

今回はここまで。お読みいただきありがとうございました!