星の数ほど

自分語り癖オタクの備忘録

俳優のオタク・刀ミュのオタクの二視点からみる、歌合の演出について【個人的見解】

 

 

こんにちは、漆島です。

これは、歌合の感想文とは別の【お気持ち記事】のようなものです。特定の誰かをディスったりする気持ちは全くありません。それでもこの記事を読んで「なんだかな」と思う方もいると思います。ご了承ください。

 

 

まず、私が持っている意見は二つあります。

 

①俳優のオタクとしての意見

②刀ミュのオタクとしての意見

 

今回の「歌合」の演出は、どの視点から語るかによって、出てくる意見が全く異なってくると思っています。その違いはどれも尊重されるべきものです。

つたないですが、視点ごとにどのような違いが出てくるのか、私の考えを書いていこうと思います。

 

 

 

俳優のオタクとしての意見

私はある俳優さんを推しと呼び、追っかけをしています。今回のお二人ではありません。

俳優のオタクとして歌合をみると、正直「この演出はいかがなものか」と思います。

もし推しが彼らの立場だったとしたら。

いま勢いのある、とても大きな作品に満を持して出演できるのに(というか出演していたのに)、それを知るのはすべて終わった後。私だったら耐えられない。

歌合での出番は少なかったかもしれない。でも今後、推しはこの作品に携わってくれる。その門出を生で見届けることができなかった。とても悔しいと思います。

しかも私はぼっちオタクなので、頼れる友人も同担もおらず、チケットをどうにかしてもらうなんてできない。もし私が彼らのオタクだったら、ネタバレ厳禁のこの公演で、どう頑張っても推しの情報は入手できないわけです。つらい......。泣き濡れながら配信を待っていたでしょう。

 

 

遠征マイルールでも少し書きましたが、私の観劇基準は「推しが出てるかどうか」です。次点で「作品に興味があるかどうか」。推しが出てるならまず行きたい。一度でいいから演技しているところを見たい。それなのにその機会すら与えてもらえなかった。

推しが新しい作品に出演するのは嬉しい。でもすでに先行が始まってて、チケット入手の機会すら少なくなってる。もし刀ミュのチケットシステムを理解してなかったら、今から調べつくしてCD先行やローチケに戦いを挑まないといけないわけです。推しの出演を十分に喜び噛み締める暇もなく、チケット戦争。これもなかなかしんどい。シリアルのためとはいえ、聞いたこともないCDを積むのはいろいろ痛むだろうな......。

 

俳優オタクとしての心は「とにかくしんどい」かと。出演を知らされなかった悲しみ、やるせなさ。これも縁だと割り切れる人もいれば、刀ミュ運営に恨みつらみを吐きたい人もいるだろうと思います。そこを制作陣が鑑みるかどうかは、また別の話......。

 

 

 

 

刀ミュのオタクとしての意見

刀ミュのオタクとしては「この演出は大正解だった」と思います。広島で桑名くんを見て驚きに叫び、愛知で松井くんに変わった時は本当に腰抜かしたけど、どちらも新しい刀剣男士を迎え入れる喜びに満ちた演出で、見ていて楽しかったです。

歌合という日本文化と鍛刀・付喪神降ろしという刀剣乱舞のシステムを融合させる。2018で完成形を見た乱舞祭とは全く違う、新しい形のステージを見させてもらえて、とても楽しかった。あの厳かな場に審神者として立ち会えたこと、嬉しかったです。

新刀剣男士を伏せたのは、常に新鮮な驚きを与えるためかな?とも思ったけど、大千秋楽ではみんな分かってるような雰囲気もあったから、どうなんでしょうね......。

ほかの感想はネタバレなしver.で書いたので割愛します。

また別で書く予定もしています。→書きました。歌合 乱舞狂乱の感想文 - 星の数ほど

 

 

刀ミュのオタクが俳優のオタクに思うこと

 歌合は、とうらぶ・刀ミュを全く知らない俳優のオタクが見ても、十分に楽しめる内容ではなかったと考えます。この「十分に楽しめる」とは、歌合が神降ろしの儀式・神遊びであると理解でき、世界観やコンセプトを飲み込めることを指します。

私がとうらぶ・刀ミュのことを全く知らない俳優のオタクだと仮定して、歌合を見たとき「歌と踊りと芝居パートが混ざった、複合的でなんかすごい舞台」みたいな印象を抱くと思う。自分なりに予習をして臨んだとしても、仔細まで理解するのは難しかったんじゃないかと。ミュのオタクとしては、ちょっとそれはもったいないな......と思う。全部想像でしかないんですけど。

 

  

コンテンツ制作者・運営は、何を考えて歌合を作ったのか

なんとなく、ミュ制作陣はどの作品も「僕らは作りたいもの・いいものを作る。観客の多くは喜んでくれる。あとは集合知で補完されて観客それぞれの中で作品が完成される」みたいなムーブを想定して作ってる気がする。

「これまでの乱舞祭と違うものをつくる」からスタートして、この最終形態を目にしてるんだと思うけど、そこにターゲット設定はあったんだろうか。

私は『ゲーム刀剣乱舞をある程度やりこんでいて、刀ミュが好きで、何度も歌合に足を運べる審神者』や『日本古来の文化などに詳しかったり、相応のリサーチ能力がある審神者』をターゲットにしたと思ってるけど、実際そこまで深く考えていたかどうかは分からない。

知識があるほど咀嚼できる部分が多いというのは、刀ミュにおいては当たり前になりつつあるのかもしれないけど、既存ファンにばかり目を向けているような構成には、あまりいい印象を抱かない。

 

 

 

刀ミュのオタクである私が、製作や運営に思ってること

初心者ほったらかしすぎじゃない......?

これは常々思ってるんですけど、刀ミュは新しく客を入れる気があるんだろうか......。

新しいことをやろう!世界観を深めよう!というのはいい。若手の育成を掲げるのもいいし、刀ミュを世界に持っていこうとするのもいい。でもつい最近興味を持った人は、どこから見ていけばいいの?と思ったりもするわけです。

ゲーム刀剣乱舞は新人審神者応援キャンペーンを打ってくれるのに、刀ミュにはあまりその気配がないというか。

私はゲームきっかけでミュを知って、それがわりと早い段階だったからここまで追いかけられてるようなもので。例えば「篭手切江が出るから!」と葵咲を見に行った人に「じゃあ三百年も!つはものも!やっぱり最初のあつかしから!」と次々作品を勧めて、入口として成立するのか?と言われたら、ちょっと厳しいと思う。最近の作品ほど完成度が高い分、世界が確立されていくような感覚もあるので、刀ミュがどんどん展開していくたびに「初心者が置いて行かれる......」という気分になる。

結局、すでにミュ好きなオタクが「これおすすめ!」とかプレゼンして、沼に落としてる印象がある。クチコミ的に輪を広げていくのもいいと思うけど、過去作ではなく新しい作品でファンを獲得することを、運営や制作は考えてるんだろうか?

この議論で刀ミュの勢いが落ちることなんてないだろうけど、俳優オタクはお呼びじゃないなんて考えられてるとしたら、悲しいことだと思う。

 

 

まとめ

とりあえず、私の意見でした。

みんなが100%満足のいく公演は難しいだろうけど、消費者としては「多くの人が楽しめる作品を」と思っています。

コンテンツが大きくなってくるからこそ、いろんな立場の人がいるだろうし、それをどうとっていくかは運営次第だな、とも考えています。

歌合の全体的なゆるゆる感想文はまた別個で書きます。。→書きました。歌合 乱舞狂乱の感想文 - 星の数ほど